【vistlip】2年9カ月ぶりのフルアルバム『THESEUS』が持つ航海のパラドックスを智(Vo)とTohya(Dr)が13000字で超徹底解説!
5人が集まってvistlipのサウンドを構築すればそれがvistlip
────アルバムも中盤に差し掛かりました、「Fairy God Mother」。瑠伊さん曲で個性が強いというかスパニッシュな感じもしますよね。
智:しますよね。ラテンっぽいというか個性が強いなと思います。瑠伊がこういう曲やりたがるから(笑)。
────デモを聴いた時の印象は?
智:ラテンきたなぁって感じじゃない?
Tohya:そうだね。ラテンなんだけどサビでは色味があって綺麗になるからシンプルに良い曲だなと思う。
智:そうだね。
────イントロの印象が強い分、曲が進むにつれて智さんの鮮やかな歌唱でゆっくりグラデーションしていく絵が美しいです。音数が映えるけどグッと大人なロックだなと思いました。
智:たしかに。自分で歌っていてもそう感じられる曲ですね。
────「Fairy God Mother」は歌詞の世界も想像しやすいものになっています。
智:モチーフとしては要するにシンデレラ。これも描きたい世界観に合致すればモチーフは何でもいいと思ってるんだけど、少し分かりやすくしました。ここでいきなりラプンツェル出してもしょうがない(笑)。そういう作品からの着想だと素直に思ってくれたらいいかな。
────シンデレラの場合“ガラスの靴”であったり、運命に飲み込まれてハッピーになるストーリーじゃないですか?ところが智さんのこの歌詞ってその運命すらを拒絶するというか。自ら掴み取れというメッセージにも思えるんです。“ハッピーエンドを創れ”と言い切ってますし。
智:シンデレラって人の出会いの物語をちょっと綺麗にしただけじゃないですか?でも、実際はどんな姿であろうが存在さえすれば出会えるんですよ。人生は出会いだと思うから、この時代でもルッキズムで悲観している子とかもそのままの自分で自信もっていきなよってことを伝えたいです。そもそも悲観することじゃないので。
────次が海さん曲の「Matrioshka」。ロシア人形ですね。
智:そうです。そのまま捉えてもらっていいですよ。
────今回、ヨーロッパ的なワードが多いじゃないですか?航海になぞらえて近づけた部分はありますか。
智:いや、それはないです。
────たまたまなんですね。
智:そうですね。「Matrioshka」に関してはサビの歌詞が歌ってるまんま出てきちゃったから。そこから他の部分も書いていった感じ。音に呼ばれて“マトリョーシカ”ってワードが出てきました。
────ワードもサビに入ってますしね。マトリョーシカのようにどんどん素顔がめくれていくイメージ。
智:人間そのものだなって思っちゃう。
────テセウスの船の話に戻るんですけど、母体を形成する中身の要素が全て入れ替わっても、本当に変わっていないのか?ってテーマからすると当然、メンバー不動のvistlipというバンドの中身も変わってきていると思うんですけど、Tohyaさんはご自身たちをテセウスの船に置き換えるといかがですか?
Tohya:当然初期とは年齢も違っているから変わっていますよね。バンドっていうよりはそれぞれのメンバーが。全てが良くなっているみたいな綺麗ごとは言わないですけど、一つ一つのことに対して一回冷静になれるようになったのは大きい。昔は感情的に動いていることも多かったけど、今は違うかな…責任感も昔より全然あるし。拘りが強すぎてワガママになってたこともかつてはあったけど、そういう角が取れてみんなの曲の良さを心から感じられるようになったし、そのバランスが今回の『THESEUS』の良さ。5人が集まってvistlipのサウンドを構築すればそれがvistlipだってことは伝えられる作品だと思う。
────「Matrioshka」では “シケモク”であったり“ゲロ”、“ギャンブル”とかなり具体的で生々しい描写があるじゃないですか。美しい楽曲とリリックのエグみについてはどう感じました?
Tohya:情景を強く残る言葉で表現するのは智らしいなって思ったんですけど、僕は「Matrioshka」に関しては歌詞の意味以上に音のハメ方が気になりましたね。洋楽的なハメ方いうか、巧いな~と思いました。技術点が高いです(笑)。
智:審査?(笑)
Tohya:物語を丁寧に描きながら言葉の音をハメていくのってかなり高度な技術なんで、すごいなと思いますね。
智:歌詞の中に登場しているように堕落していく人たちも世の中にはいると思うんですけど、この曲からはそういうことへの悲しさが聴こえてきたんです。でも、悲しいんだけど“とりあえず頑張れよ”って言いたい。いや、“頑張ってみろよ?”ってちょっと上から見てるような曲ですね。そういう曲に聴こえちゃった。
────肩組んで一緒に頑張ろうぜ!って曲じゃないですもんね。
智:そうっすね。距離がある。それで最終的にTohyaくんに無理言ってハーモニカを入れてもらいました。
Tohya:吹いてるのも僕です。
智:だから下手なんです(笑)。
────智さん的はこの歌詞の世界観を表現するためにあえてTohyaさんにオーダーしたってことですよね?
智:そうそう、下手でいいんですこれは。この曲に関しては全部の楽器が下手でいいかな。もっともっとラフでも良かったぐらい。
────ハーモニカが浮かんだタイミングは?
智:全部録り終わってからです。必要な要素だなと思ったので、レコーディングに全部立ち会っているTohyaくんにその場で一旦打ち込みで入れてもらいました。そしたら、あぁやっぱりいいじゃんってなって。それで“ハーモニカ買って?”って。海くんの曲なので海くんが買ってくれました(笑)。
────作曲した海さんもそうなんですけどYuhさん、瑠伊さんはサビにもかかるハーモニカの導入については何か仰ってました?
Tohya:なーんにも言ってこない(笑)。
智:何も言ってこないから気に入ってないかもしれない(笑)。この曲に関してYuhと瑠伊はまだ何も言ってこないよね?
Tohya:曲の魅力に気づいてくれてなかったらどうしよう。
智:認められてないかもしれないね(笑)。俺すごい好きだけど。
────vistlipだっていう安心感もあります。
智:うん。良い意味で安心感ありますよね。海くんの曲にはしゃがれ声が合うんで、久々にそういう歌い方もしてます。
────続いて「Ceremony」なんですけども、今作の中でラウドな部類に入りますよね。
智:Yuh節ですね。いや…Yuh節でもないのかな…今、Yuhがやりたかった音らしいです。
Tohya:それが詰め込まれてます。
────皆さんの中でラウドな曲を欲してたわけではないんですね。
智:あくまでYuhがやりたいことが形になってますね。何ならこれでもデモの時よりテンション上げたぐらい。ラウドなんですけどスピード感はないじゃないですか?もともとはミドルでそのカッコよさはあったんですけど、アルバムで一か所空気を締めて欲しかったのでテンポを感じらる箇所は増やした感じ。
────それって曲順が決まった後ですか?
智:候補曲が決まった段階ですね。もともとの段階でも良い曲だったんですけど。
────より東名阪ツアーに向けて楽しみな1曲ですよね。
智:そうですねラップきついですけど(笑)。
────いや、ほぼラップですもんね。
智:ちょっとやりすぎたかも。
────サビも短いですし。
Tohya:そう!サビ短い(笑)。
────詩世界はまさに智節といえるフェイクに対するアンチテーゼ的なものを感じます。これは最近の感情ですか?
智:最近っていうか昔から感じてます。ですけど、この歌詞を書き始めてから一層考え始めてみると結局は全員フェイクなんじゃない?って思うようになったんですよ。それは俺も含めて。たとえば憧れたアーティストがいるとしたら、どうやったってそのエッセンスは絶対入ってるし時折出ちゃう。それは考え方も含めて。そう考えると初めに音楽をやった人だけがオリジナルであって、それ以外は全員フェイクなんですよ。でもその中でもオリジナルに昇華した人はいるし、逆にそうなりきれなかったら出来損ないで終わっちゃう。だからこそ、フェイクであることが前提の世界でオリジナルになれたら夢があるよねって提示したかったんです。
────世間に対して中指を立てるってよりは自分自身も含めて俯瞰していこうと。
智:今回の「Ceremony」はそうですね。もちろん明らかなパクりをされたときは本当に怒りますけど。今までにも実際に忘れられないような出来事もあったし。それでもシラを切るヤツはいるから悲しいけど、そういう世の中だなとも思っちゃう。そういう経験も経て、今のバンド年数であえてこういうテーマを扱ってみたので「Ceremony」に関してはキレてる曲とか怒りの感情とは違うかな。
────Tohyaさん自身もこういう価値の世界に共感する部分が多いですか?
Tohya:自分自身も結局オリジナルではないし、憧れとの境目で悩むことは誰にでもあることだとは思いますよ。やっていく中で自分のオリジナリティを出せるようになってきたけど、智の理論で言うと自分もオマージュなのかパクりなのかは実のところわからない。ただ、「Tohyaさんらしい曲だね」ってどんどん言われてくることは増えましたね。
智:オリジナルかどうかって周りから証明されていくものなのかもね。
────この曲を「Ceremony」って名付けたのも皮肉ですよね。
智:前代未聞の世界一の大ヒットというものが生まれた時を想像して、“何に影響を受けましたか?”って尋ねられた時にその答えを言わない人がいるのは解っているというか…隠したいじゃないですか。それでも世界は動いちゃうんだなっていうアーティストならではの切なさかな。そんなシーンをセレモニーって名付けました。